
認知症の高齢女性が、午後16時ぐらいになると、外に出て徘徊をすると言う。
なぜなのか原因を考えると、高齢女性の若かりし頃、子供の送迎バスが家の前にくる時間だった事が分かった。
今日の文化放送で、大学の教授が話されていた一部です。
これを聞いて、高齢女性が若かりし頃、頑張って子育てしていたんだなぁ~と、しみじみ思いました。
子供が帰って来る16時には外に迎えに行かないと・と言う当時の強い想いが、認知症を患っても覚えていて、外に出ては徘徊してしまうんでしょうね。
何十年前の出来事なんでしょうが、この高齢女性にとっては、とても大切な思い出なんだと思います。
本当に切ない・・。
NHKラジオに出演されている、人工知能研究者の黒川伊保子さんが、人間のボケる症状について以前話されていました。
人間には無駄な機能はないのですが、じゃあなぜボケてしまうのだろうかと。
私には一人息子がいますが、わが子の事は自分以上に心配しています。
その記憶が鮮明な状態で死に至ると、わが子の事が心配で死に切れませんよね。
だから人間は、少しずつ記憶を無くしていくのだと言う。
今年の9月に亡くなった母方の祖母ですが、去年の11月に母方の祖父が亡くなった時に葬儀場で久しぶりに会いましたが、私たち孫の事は全く覚えていませんでした。
長子である母の事は覚えていたようですが、何とも切なく感じた事を思い出します。
でも、そうやって少しずつ記憶を無くしていき、子供の心配をしないように、あの世へと旅立つのでしょうね。
人間ボケてしまうのは、しょうがないです。
ボケるのを前提に、ボケても良い街づくりをして、近所の人達で徘徊している人を見守っていければ良いですね。
明後日は、父方の祖母の命日。
祖父と祖母の誕生日は知りませんが、命日だけは覚えています。
毎日夫婦喧嘩している祖父母を、早く死んでしまえと思っていた10代。
でも、祖父母を反面教師として、今まで頑張ってきた。
祖父は山野草、祖母はお店の花が好きだったね。
祖父母に似ているのは、孫の中で私が一番だと自覚している。
ある程度の孫孝行は出来たので、私は満足しているよ。
じいちゃん・ばあちゃん、いつも見守ってくれてありがとう。







コメントを残す